東京司法書士会三多摩支会
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 支会ニュース「アダージョマエストーソ」 第147号  2015,08,10

 ■ 目 次
  1. 八王子市の長房ケアマネ会で成年後見制度のセミナーを開催
  2. 「安保法制=戦争法案」反対の集会に参加して
  3. 山司登高会、涼を求めて小金沢連嶺を縦走

 平成27年7月10日(金) 八王子市の長房ケアマネ会に参加してセミナーを開催 

 長房の地域包括支援センターが主催する長房ケアマネ会でセミナーを行い、グループワークに参加してきました。テーマが成年後見に関わるものなので、司法過疎・都市過疎委員会と成年後見対策委員会が共同で6名の委員が参加しました。
 今回の活動は、ケアマネの勉強会に協力するというものであり、都市過疎(孤立死対策)の活動とは趣旨を若干異にします。ですが、われわれが活動で目指しているのは、高齢化が進む中で地域が機能すること、 そのために司法書士が地域の中で役割を果たすことです。なので長房ケアマネ会への協力は、われわれにとって意味のあることだと思い活動を行いました。
 今回のケアマネ会のテーマは、ケアマネが利用者の財産管理等に関わるとき、どのように判断し行動するかでした。成年後見とも密接にかかわる問題でもあるので、司法書士の参加は双方にとって意義のあ
ることだったと思います。
 まず池田委員が、本人が自分で財産管理をするのが難しくなった場合の事例を挙げながら成年後見の基礎について30分のセミナーを行い、その後でケアマネ4〜5名ずつ5グループにわかれて そこに包括の職員と司法書士が1名ずつ入るという形でグループワークを行いました。
 「ヘルパーから支払いの催促状を見つけたと相談を受けたとき」「お金をおろしてきてほしいと頼ま
れた時」などにケアマネとしてどうしたらよいか、グループで話し合いました。
 ケアマネがそれぞれ自分の体験をもとに考えを述べ、包括の職員と司法書士がそれぞれの立場からアドバイスをする、各グループで話はとても盛り上がっていました。われわれ司法書士にとっても勉強になるところが大いにあったと思います。
 最後に事前に寄せられていた質問に対して吉田委員から回答して、今回のケアマネ会におけるわれわれの役割を無事に終えることになりました。とてもいい勉強会だったと思いますし、協力できてよかったと思います。
 今回は長房の地域包括支援センターがケアマネ会を開催するにあたって協力を依頼してきたことにより活動を行うことになりました。このように声をかけてもらえることはうれしいことだと思いますし、 包括その他諸機関が地域で何かをやろうとしたときに、そのベストなパートナーとして司法書士を考えてくれるようになったらと思います。今後も地域のニーズに応えられるような活動をしていきたいと思います。 (司法過疎・都市過疎対策委員会 久保和秀) 上へ

 平成27年7月15日(水)、16日(木) 国会前、「安保法制=戦争法案」反対集会に参加して 

 憲法学者の大半が「憲法違反だ」と指摘する集団的自衛権の行使を目指す安全保障関連法案(安保法案)が、7月16日、衆議院本会議で野党が欠席・退席する中で自公政権によって強行採決された。
 もともと戦争法案反対の国会前デモ・集会は昨年の閣議決定以来毎週のように行われていたが、参加者の数は一定数を超えることはなかった。しかし、6月22日の衆議院憲法審査会において、 自民党の推す憲法学者までもが安保法制は違憲であると述べたことから、急速に国民の関心が強まり、各地での多様な反対集会への参加者が増え始めた。その中でとりわけ注目を集めるのが
「自由と民主主義のための学生緊急行動」(SEALDs、シールズ)だ。一昨年の特定秘密保護法案の審議の中で「今の政治ちょっとヘンだよ」と考える学生たちがSNSで集まってきてできた緩やかな組織である。 戦争まっしぐらの現政権の危険性を感知した学生たちがTwitterなどSNSで盛んに呼びかけて仲間が増えていったようだ。
 このSEALDsの呼びかけで集まる集会がきっかけで、もともと行われていた反原発集会や反TPP集会、九条の会等、ここ二、三十年国会前や官邸前では久しく行われることのなかったデモや集会が、 4年前に反原発デモが始まって以来、主催者が曜日の調整をしてほとんど毎日のように行われるようになっていたものに合流合体したような形で、国会前ではこの戦争法案反対の集会・デモが日常化してきた。
 そんななか、7月15日、16日、17日には、毎週火曜日に日比谷野音で集会を行いその後国会前にデモ行進を行っていた「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」がSEALDsと調整して、 18時半から1時間は「総がかり」、19時半からはSEALDsが主催して、総決起集会を行った。15日、16日は強行採決される見通しの中、その時刻に関係なく午前中から多くの人が集まり、
夕方にはもう歩道は歩けないくらいの人が集まってきた。参加者数を、政権寄りの人々はなるべく少な目に思い込みたがっているように見えるが、国会周辺ほとんどどこもかしこも人、人、人でいっぱいになり、 警官によってぎゅうぎゅう押し込められている人々の数は、国会周囲の歩道の幅や長さから計算してみれば分かるように、単に数千人という数ではないことは明らかだ。 台風による強風のおかげで汗びっしょりになって押し込められていてもなんとか倒れる人も出ずに済んだが、1uに5、6人の押し込められようだ。
 警察は狭い歩道に参加者を押し込め、鉄柵で身動きできないような過剰警備に徹し、ほとんど車も通らない車道は警備車両で道路を塞いでいる。昔からこの国の警察は権力を守ることはあっても、 市民の民主主義の体現は一顧だにしないことがはっきりと分かる一面だ。大勢の人が中枢に集まることを極端に恐れる。好き嫌いや主義主張の違いを越えて、現場に行って見てみれば一目瞭然である。 本当に民主主義の法治国家なのか? 民主主義とは、単に選挙による代議制を採るだけではなく、国民のデモを認めるところから始まる。民主主義とはデモ暮らしなのだから。 集会に対する国家統制が近隣国の民主主義でないことの典型的な例だとするなら、この国の警察の過剰警備はやはり全くそれと対等同等に民主主
義国家の否定の典型だ。
 それもそのはず、国家のトップが、またその従順な与党議員たちが、国法の頂点たる憲法をないがしろにする発言を繰り返し、憲法違反の法案を数の論理だけで通そうとするのであるから、 そこに戦後日本の民主主義を支えてきた国民主権・基本的人権・平和主義など、元々この人たちの頭にはないのだ。数の論理だけで
よいのなら、選挙の開票が終わって各政党の議員数が確定した瞬間に、大半の議員は不要で、どこぞの総会の委任状の人数札のごとく、各政党の代表が獲得議員数の札さえ持っていればよいことになり、 それはそれで無駄な議員支出が減って膨大な税金の無駄遣いも減り喜ばしいことだが。。。。
 安倍首相にとって、普通に戦争できる国にしたいことがその眼目であるが、そのためには今の平和憲法が邪魔だと考え憲法改正を目論むものの、この難題を突破するためにはまずは96条の手続きを変えてみようとしたところ、 猛反発をくらってひっこめたいきさつがある。それではということで、今まで政府も認めてこなかった集団的自衛権は今の憲法の範囲内でできることだと憲法解釈を変更し、昨年閣議決定までした。言わば作戦変更だ。 「国民の理解が得られていない」と自認せざるを得ない状況であるが、既にこの時点で、単なる作戦変更であって、もともとの戦争できる国にしたい魂胆は見せつけられているののだから、国民の理解が足りないのではなく、 よく理解できているから反対する人が増えているのだ。
 戦争できることが現憲法の範囲内のことだと本気で考えているのであれば、当然憲法の改正(改悪)は必要ないことになるのだが、それでも改正したいということは論理矛盾であるし、 今の法案がかなり怪しい曖昧な法律であることを提案者自身が内心分かっているからということになる。
 現憲法を素直に常識的に読めば、誰が読んでも(だから自民党
は改憲したがる)戦争しない国を目指していることは明らかだが、国会の議論でもほとんど破たんした法案主旨が、最近は露骨に「中国の脅威」を強調してきている。 司法書士においても、中国の脅威に対抗するには法案は必要だとする者は多い。しかし、「司法書士は法律家だ」と自認するのであれば、やはり純粋に素直に憲法を無視することは許されない、順序が逆だ、出直してこい、 と忠告すべきではないだろうか。自分の主義主張、あるいはどこの国が好き嫌いの趣味好みを通すには、法は自分勝手に好みに応じて解釈すればいいのだという態度では法律家とは言えないだろう。 (HP編集室)  上へ

 平成27年7月25日(土) 山司登高会、プレ夏山山行で小金沢連嶺の縦走に挑む

 高齢化の進む山司登高会は今年度の夏山山行に八ヶ岳山域に行くことに決定した。もっとも、具体的にどこに登るのかは決まってないようだが、八ヶ岳が高山であることで、 はや歩き切れるのかと我が身の心配が先立ち、それではその前に自分の体力・持久力を試したい、知っておきたい、訓練しておきたいとの一致点からプレ山行として小金沢連嶺を縦走してみることとなった。
 小金沢連嶺とは大菩薩峠の南東、石丸峠(1930m)から南に伸びる2000m級の山々を連ねて笹子峠や滝子山に至る、大月市側と甲府盆地を隔てる長大な山稜だ。

石丸峠にて記念写真、背後は熊沢山

 眼下に大菩薩湖、遠方は南アルプス

狼平から振り返ると、手前が天狗棚山
 稜線の縦走となると、ヘリやロープウェイでいきなり稜線に立てればラクチンなのであるが、当然そんな手はここにはないので、登山口から稜線まではオッチラオッチラ登らなければならない。
 朝8時1分、7人の中高年はJR中央線甲斐大和駅に降り、8時10分のバスで登山口(1580m)まで行く予定だったが、タクシーで行くと登山口よりも少し上まで行けるのでと、タクシーに乗る。 ところが、あいにく林道には鍵の掛かったゲート(1640m)があり、さして高度を稼げないまま下車、涼しい。一般車通行止めの林道をトボトボ歩いて行くと、バス停からの登山道と合流した所(1710m)で、 バスに乗ってきた登山者の一団と一緒になった。時間的にはちっとも短縮にならなかったことになるが、急登を半分ばかりカットできたことで、とりあえず一同満足、納得、了解。
 ここからしばらく急登を頑張ると視界が開けてきて、大菩薩特有のクマザサの草原の山腹・山頂が見えてきた。南に目をやると青空に浮かぶ富士山もよく見える。大菩薩峠のすぐ南の熊沢山の山腹を 巻くようにして登り詰めると、石丸峠に到着。日差しは強いが、風もよく通り、すこぶる涼しい。記念撮影をしたところで、明日、司法過疎対策委員会で丹波山村の夏祭りに参加するという松村会員は、 大菩薩峠から丹波山村に通じる長い尾根を下るため、ここでお別れ。残る6名は、いよいよここから小金沢連嶺を湯ノ沢峠までの縦走が始まる。

長い樹林帯を抜けやっと小金沢山頂

小金沢山から富士山、左奥は黒岳

日本一長い山名の牛奥ノ雁ヶ腹摺山頂
 まずはすぐ目の前にある天狗棚山(1957m)、すぐに到着し眺望を楽しむ。北方向には奥多摩の山々、南西眼下には大菩薩湖、その向こうには遠く南アルプスの峰々が見渡せる。 その右には八ヶ岳の編笠山と広大な裾野まで見える。真南は、これから向かう草原が美しい狼平(1870m)の向こうに連嶺の最高峰小金沢山(2014m)が大きく立ちはだかり、富士山は影に隠れて見えない。
 狼平まで緩やかな草原の中を下って、ここから小金沢山の登りになる。北斜面に当たるため日当たりが悪いのか鬱蒼とした苔むした樹林帯を登っていく。 北八ヶ岳のような雰囲気だ。小金沢連嶺は湯ノ沢峠までどのピークも南側は草原、北側は樹林帯という構成になっている。
 天狗棚山から1時間でやっと今日の最高峰小金沢山に着いた。富士山の雄姿がすばらしい。この日東京では34度の暑さだというのに、日なたで昼食をとっていても暑く感じない、風もあり涼しい。 ここから次のピーク牛奥ノ雁ヶ腹摺山(ウシオクノガンガハラスリヤマ、1995m)までは大きな登り下りがないまま到着。この山名は日本で一番長い山の名称だそうだ。
 ちなみに、雁ヶ腹摺山はこの辺りに3つあって、ひとつはこれから向かう黒岳の真東にある何も付かない雁ヶ腹摺山(元祖? 1874m)。昔の五百円札の裏に描かれていた富士山はこの山から見た姿だ。 山頂には記念の看板もある。もうひとつは、笹子峠の東、中央道笹子トンネルの真上にある笹子雁ヶ腹摺山(1357m)だ。この山も手軽に登れる山として人気だ。

牛奥ノ雁ヶ腹摺山からの黒岳と富士山

真下に見えるのが草原の賽の河原

賽の河原に向かって一気に下降する
 牛奥ノ雁ヶ腹摺山からは草原を一気に155mも下って100m以上も登り返すことになる。下りきった賽ノ河原(1840m)は、各地の山にある「賽ノ河原」は石ころがゴロゴロしている平坦な所に名付けられているのだが、 この名称にふさわしくない草原となっている。
 賽ノ河原からは樹林の中を緩やかに上って、川胡桃沢ノ頭(1940m)を過ぎると、疎林の小さな起伏を上り下りするうちに黒岳(1987m)に到着。一等三角点があるのに樹林に囲まれて展望はない山だったのだが、 評判が悪かったのか頂上周辺は少し伐採されていた。それでも見晴らしがよいわけではない。
 さてさて、歩きはじめてちょうど5時間、苦しい登りがあったわけではないが、上り下りの連続で一行はかなり疲れてきた。はじめからの計画では長時間長距離の山行のため、 バテればタクシ-を呼べばいいのだからと甘言に誘われた者もいて、また登山口までのタクシーで湯ノ沢峠までタクシーを呼べることを確認しておいたため、「いざというときは」だったのが、 今日の目標地点が湯ノ沢峠までだと安易な選択になり、いつしか湯ノ沢峠にタクシーを呼ぶのが当然のような雰囲気になっていたのである。

川胡桃沢ノ頭からも富士山がヒョッコリ

頂上周辺の樹林が伐採された黒岳頂上

白谷丸は緑と白砂と奇岩が美しい
 ということで、「黒岳を下山するときにタクシーを呼べば、ちょうど湯ノ沢峠に着くころにタクシーも到着できるでしょう」という運転手のお言葉に甘えて、黒岳でほぼ今日の行程は貫徹した満足感でしばし休息の後、 タクシー会社に電話をして、一気に湯ノ沢峠(1652m)に下山を開始。少し樹林帯を下れば視界は一気に開けて白谷丸の白砂の台地に至る。少し昔までは、この白谷丸から湯ノ沢峠までは稜線の東側(大月側)の ザレた白砂と所々岩の露出した見晴らしの良い尾根道だったのだが、ザレた斜面が崩落しつつあるということで、稜線の西側の背丈を越すカヤトの中に道が付け替えられた。そのため黒岳・湯ノ沢峠間はつまらないコースになってしまった。 黒岳山頂は全く見晴らしがきかなくても、道中がどこでも休憩適地のような素晴らしい眺めのために人気のコースだった。これでは、山頂からの展望を少しは良くしなければ登山者が来なくなるかもしれないと考えて、 山頂の樹木を少々伐採したのかなと思えてしまったのである。
 つべこべ言いながらカヤトを刈り払った急な傾斜道を下ると湯ノ沢峠に着いた。トイレを済ませ水分の補給をしているとタクシーが到着した。本来の下山地点、やまと天目山温泉ふれあいやすらぎセンターで一汗流し、 ビールで乾杯。中高年は無理せず体力にあった山行をすればいいのだと了解しあったのであった。 (HP編集室)  上へ